eBoy 特別インタビュー Part1 画面上に独自の世界を築くパイオニア
上空から撮影した街並みの写真のような幻想的なピクセルアート。立ち並ぶ建物や街中を歩く人々など、細部にまで描き込まれたドット絵は、世界を舞台に活躍するピクセルアーティスト・グループ“eBoy”の作品だ。今回、そんなeBoyのメンバーに特別インタビュー! 日本では初公開となるエピソードも満載。
前後編にわたりeBoyの魅力に迫る本連載。第1回では、eBoyがピクセルアーティスト・グループとして結成された経緯や、3人のメンバーの出会いのきっかけ、生成AIの台頭などに対するeBoyの考えについて聞いてみた。(文・翻訳=坂本遼󠄁佑|Ryosuke Sakamoto)
ピクセルアートのパイオニアたち
1990〜2000年代のピクセルアートの黎明期において、文字通り独自の“世界”を築き上げた芸術家たちがいる。それが1997年にベルリンで結成された、ピクセルアーティスト・グループのeBoyだ。
カイ・フェルメール、シュテフェン・ザウアータイグ、スヴェント・シュミタルの3人からなるeBoyは、代表作である『Pixorama』シリーズのような、独創的な街並みを描いたドット絵を得意とするピクセルアーティスト。
カラフルな建物だけでなく、街中を歩く人々や動物、車や飛行機などの乗り物まで、街全体の風景を表現した独自のスタイルは、その圧倒的なスケール感で、多くのアートファンたちを魅了してきた。
また、これまでAmazonやGoogle、adidas、Paul Smithなど、数多くの有名企業やブランドとのコラボレーションを発表。HONDAやdocomoの広告や、UNIQLOのウェブサイトなど、日本の企業とも多く協業している。
近年では、『LOUIS VUITTON TRAVEL BOOK』の日本版のアートワークや、日本のフォークデュオ・ゆずのアルバム『YUZUTOWN』のジャケットビジュアルを手掛け、日本でもその名が広く知られるように。
ゲームカルチャーの文脈で語られることが多かった“ドット絵”を、ひとつのアートジャンルにまで昇華させた。まさにピクセルアート界を牽引する、草分け的な存在といえるアーティストグループである。
“eBoy”のグループ誕生秘話
スヴェントとシュテファンは、どちらも冷戦下の東ドイツ出身。一方、親の仕事で海外に移住することが多かったカイは、ベネズエラ、西ドイツ、グアテマラなどの国々で幼少期を過ごした。
「東ベルリンで生まれ育ったスヴェントとシュテファンは、もともと旧知の仲だったんです。その後、当時はドイツ最大のデザイン企業だったMetaDesignで、シュテファンとカイが仲良くなって。
お互い好きなものがわかっていたので、チームとして創作活動をしやすかった。また、メンバー同士で高め合いながら、ひとつの作品を作ってみたくなり。3人でグループを結成することにしました」
1997年5月2日、3人はアーティストグループとして、初のeBoyのウェブサイト(eboy.com)を開設。以来、ウェブサイトを開設した5月2日が、eBoyの公式の結成日になったのだとか。
「“eBoy”というグループ名は、2つの意味を組み合わせた造語です。“e”は『電子(electronic)』と意味し、“Boy”はメンバーである『私たち』を表している。まさに我々の個性を体現した名前なんです」
そんな偶然の出会いから生まれた3人の絆は、アーティストグループというカタチで身を結び、今もピクセルアート界で燦然と輝いている。
ピクセルアートの“モジュール性”
「私たちが活動を始めた時には、すでに“ピクセルアート”という言葉があったと思います。でも、正確には覚えていません。もともとデジタルアートに興味があって、ピクセルを使って作品を描き始めたのは、その取っ掛かりのひとつに過ぎなかったんです」
今では、ピクセルアート界を代表するアーティストグループのひとつになっているeBoy。しかし、1997年にグループを結成した頃には、まだ“ピクセルアート”をデジタルアートの一分野としか考えていなかった。
そんなeBoyだが、実際にグループとして創作活動を続けていくうちに、ピクセルアートに対する考え方が少しずつ変化してきたという。
「当時は、コンピュータの画面上で仕事をしたかったし、画面上を中心に活動したかった。なので、画面上のすべての要素を完璧に操るために、画面を構成するピクセルを駆使する必要があったんです。でも、次第にピクセルが持つ独自のモジュール性(※1)や、そこから生まれてくるものに惹かれていって。
※1)機能単位、交換可能な構成部分。機器やシステムの一部を構成する機能を持った独立性の高い部品。
ひとつひとつのピクセルには、画面を構成する要素としての機能がある。画面上に並んだピクセルは、四角を形作る4つの辺がぴったりと接合するし、それぞれ違う色や明るさの強弱を持つ。
そして、個々に独立したピクセルが集まった時、ひとつのアート作品が浮かび上がってくる。そんなピクセルのモジュール性は、私たちが意識していなくても、常に機能してくれているんです」
ピクセルアートを単なる1枚の絵としてではなく、個々のピクセルの”集合体”として捉えているeBoy。ピクセルごとに違う役割があるからこそ、ドット絵はひとつのアート作品として完成する。
それは、“eBoy”にも言えること。異なる経歴や感性を持つ3人のメンバーによって構成されるeBoyも、それぞれの”モジュール”ともいえる個性や役割が、見事に組み合わさったひとつの結果なのだ。
時代とともに進化してきたeBoy
ともに冷戦下のドイツで幼少期を過ごしたeBoyの3人。好奇心旺盛な子供だったというメンバーたちが、これまで強く影響を受けたものはあったのだろうか。
「メンバーの3人とも、印象派やパンク、ポップアート、ミニマリズムなど、さまざまなカルチャーに影響を受けています。また、音楽から受けた影響も大きくて、カイは音楽業界でのキャリアも考えていたくらい。
数多くのアーティストに影響を受けているので、ひとりの人物を挙げるのは難しいです。でも、それぞれ東ドイツやラテンアメリカで育った経験が、お互いに良い影響を与えている部分も間違いなくあると思います」
現在は、ベルリンとロサンゼルスを拠点に活動しているeBoyだが、欧米のみならず世界のアートシーンで活躍を見せ、今なお世界中でファンを増やし続けている。
また、eBoyのメンバーたち自身も、作品づくりの技術やスキルが進化し続けているそうで。
「ピクセルアートを始めた時から、絵を描くのに“ペンツール”を使っています。最近では、Photoshopのレイヤーやオブジェクトのリンクも使いだして。
他にも、作品を管理や保存にGoogle Driveを活用したり、アイデアを具現化するために3Dのソフトウェアを利用してみたり、使うツールやソフトウェアも少しずつ進化しています」
しかし、創作活動で使用するツールやソフトウェアが変化しても、作品づくりで大切にしていることは変わらないのだとか。
「私たちにとって重要なことは、やはり“モジュール性”です。ピクセル自体が機能を持った要素なので、今までにないピクセルの可能性を見つけていく。そんな“モジュール”の探求こそが、作品づくりで最も楽しいことですね」
生成AIが誕生した現代の世界で
3人のメンバーで構成されるeBoyだが、実際にひとつのプロジェクトを進める際には、それぞれの仕事をどのように分業しているのだろうか。
「誰かが主体的に進めることもありますが、基本的には朝の打ち合わせで話し合って決めています。できる限り仕事を共有するようにしていて。健康的に仕事ができるよう心がけています」
また、最近では生成AI(人工知能)などのテクノロジーも、アート作品の制作に活用しているのだとか。
「生成AIは、アイデアを形にする時などに、相談する相手として便利です。でも、生成されて出てきたものは、そのままだと使いものにならない。生成AIの役割は、私たちの思考をさらに発展させ、時にリセットしてくれることなんです」
今ある仕事や職業の多くが、将来的にAIに置き換えられると予想されている現代。そんな時代において、eBoyが考えるアーティストの“価値”とはなんなのだろうか。
「人間が生み出すアートは、これからも存在し続けると思います。むしろ、AIで簡単に作品を生成できるようになった今、その価値はさらに高まっているのではないでしょうか。人間が生み出す作品には、人間が大切にしている“信頼”があるので」
デジタルアートの世界で活躍してきたeBoy。だからこそわかる、人間が生み出す作品の真価。ピクセルアートのパイオニアたちの挑戦は、まだ始まったばかりなのだろう。
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