the PIXEL MAGAZINE

ARTICLES ARTIST #m7kenji 2024.11.29

m7kenji 特別インタビュー Part2 NHK「みんなのうた」などのMVも手がけるドッター

Interviewer: 坂本遼󠄁佑 

イラストレーター、映像作家、ゲームクリエイター、VJなど、さまざまな“顔”を持つピクセルアーティストのm7kenji氏に特別インタビュー! 今年、2人展「雲を掴むピクセル」や7人展「ピクセルパッチパンチ」だけでなく、7年ぶりとなる2度目の個展「Pulse into Flow」の開催したことでも話題となった、m7kenji氏の創作活動の裏側とはーー。(文=坂本遼󠄁佑|Ryosuke Sakamoto)

フリーランス時代に体験した仕事の大変さ

坂本 高校時代は機械科に在学していたm7kenjiさんですが、卒業後はどのような活動をしていたんですか?
m7kenji デザインの専門学校で広告コースを専攻しながら、“デコメ”(※1)の絵文字やテンプレート素材を、ドット絵で作る仕事をしていました。なので、専門学校を出てからも就職活動をする気になれず、アルバイトと並行してフリーランスで活動していたんです。
※1)メールサービス「デコメール」の略称。cHTML形式のメールの編集や送受信を可能にしたNTTドコモのサービス。
坂本 フリーランスとして仕事を見つけるのは大変じゃなかったですか?
m7kenji 運がいいことに、自分が当時参加していたデザインフェスタで、イギリス出身のベンチャー企業の社長と知り合ったんです。
そしたら、社長に「君、面白いね」と気に入ってもらえて。渋谷にあったウェブサービスの開発会社で、フリーランス契約として働くことになりました。
坂本 偶然の出会いが仕事に繋がったんですね。
m7kenji 最初は、さまざまな技術を学びながら仕事ができると喜んでいたんです。でも、実際に会社に行ってみたら「Flash(※2)のプログラミングができる人なので、わからないことはこの人に聞いてください」と紹介されて(笑)
※2)Adobe Flash(フラッシュ)は、Macromedia社(現Adobe社)が開発した、音やグラフィックのアニメーションを組み合わせて、Webコンテンツを作成するソフトウェア。
当時の自分は、まだ待ち受け画面に表示される”時計”を、独学で作ったくらいの知識しかなく、わからないことばかりだったんです。でも、自力で技術を覚えながら、なんとか仕事をしていました。

m7kenji 特別インタビュー Part2 NHK「みんなのうた」などのMVも手がけるドッター

坂本 働いていて苦労したことなどはあったんですか?
m7kenji 逆に、苦労することの方が多かったですね。月の半分以上は毎日のように会社に通って、死にものぐるいで調べながら作業をしていました。
坂本 海外のプログラマーとも一緒に仕事をしていたんですよね。
m7kenji なので、言語の壁もありました。支給のパソコンに入っていたAdobeのソフトも、当時は言語設定がないので英語のまま。まだ翻訳アプリなども発達していない時代だったので、選択したメニューがなにを指しているのかさえわからなくて(笑)
坂本 聞いているだけで大変だったことが伝わってきます。
m7kenji それまで培った知識や技術がなんの役にも立たず。ただ給料をもらっていることに鬱々としながら、いつも「早くクビにしてくれ」と思って仕事をしていました。
でも、次第に会社のやり方が特殊なんだと気がついて(笑)自分のやるべき領域を明確にしたら、あとはしっかり説明すればいいんだと考えるようになりました。
坂本 仕事をする上で大切な心構えなのかもしれません。

チップチューンのVJとしてNYに進出

坂本 そんな大変な環境下で活動をしていたm7kenjiさんですが、仕事の時間以外での楽しみはあったんですか?
m7kenji 通勤中にゲームボーイで楽曲の制作をしていました。当時は「Nanoloop」(※3)というソフトを使って、通勤などの移動時間にピコピコと曲作りをして、深夜に自宅で楽曲に合わせたドット絵のアニメーションも制作していました。
※3)4チャンネル仕様の音源内蔵シーケンサー。チップチューン黎明期だった1999年に、ゲームボーイ用カートリッジとして発売され、作曲ソフトとしてチップチューナーの間で人気を博した。
坂本 制作された楽曲は、インターネットなどに投稿されていたんですか?
m7kenji 基本的にYouTubeにアップしていました。その頃は、まだ趣味の範囲内で楽しんでいたんです。

square

でも、会社の同僚から「友人が日本で『BLIP FESTIVAL TOKYO』というチップチューンのイベントを企画しているから、VJとして参加してみない?」と誘われて、チップチューンのVJとしてデビューすることになりました。
坂本 その前からVJに興味があったんですか?
m7kenji かつてHANDSUMのTakuro Okuyamaに誘われて、普通のクラブでVJをやったことがあったんです。でも、一般的なクラブイベントだとVJは少し浮いてしまうんですよね。
一方で、チップチューンのイベントなら、違和感なく参加することができる。ゲームの領域とも近い界隈なので、自分の好きなことができると思ったんです。

m7kenji VJ - Chipzel @Blip festival 2011 : Eyebeam in New York

坂本 アメリカでもVJとしてイベントに参加したんですよね。
m7kenji ちょうど、東京ゲームショーに合わせて開催されたイベントだったので、海外で活動しているアーティストも多く参加していたんです。
また、BLIP FESTIVALはNYのレーベルが母体となっているイベントだったので、その流れで現地のチップチューンイベントにも参加することになりました。
坂本 ユニットとしても活動されていたとのことですが。
m7kenji 今はもう解散しちゃったのですが、「うさぎのへいたいは待機。」という3人のグループで活動していて。YMCK(※4)さんのような楽曲を作っていました。
※4)男女3人から成る8bitポップユニット。ゲームミュージック風な音とボサノバのような歌声が特徴。日本だけでなく海外でも高く評価されている。
今年のSHIBUYA PIXEL ARTの「音電」に出演していたna<1ms:くんも、実は「うさぎのへいたいは待機。」の元メンバーです。

kyoheifujita 「不思議の国」 Music Video

イベントでの出会いが生んだ初の長編MV

坂本 これまで数々のMVを制作されてきたm7kenjiさんですが、仕事としてMVを制作しだしたのはいつ頃からなんですか?
m7kenji とあるイベントに参加した時、音楽レーベル「術ノ穴」の代表を勤める久嶋位征さんと出井尚太郎さんが、対バン相手として出演されていたんです。
その頃、ちょうど術の穴からラッパーのDOTAMAさん(※5)と作曲家のUSKさん(※6)のコラボソングが発表されるタイミングで。クラブイベントで知り合ったことをきっかけに、初の長編アニメーションのMVを制作することになりました。
※5)日本のヒップホップMC。ULTIMATE MC BATTLE 2017全国大会チャンピオン。激しい声と独特の歌詞で多くのラップファンから人気を博している。
※6)8bit Music作曲家。巧みに作曲されたゲームミュージックと、目を引くライブパフォーマンスで、海外のクラブイベントなどにも多く出演している。

【MV】DOTAMA × USK『通勤ソングに栄光を』

坂本 初の長編MVの仕事は大変でしたか?
m7kenji それまで短いアニメーションしか作ったことがなく。ドット絵のミュージックビデオといえば、やはり先駆者であるYMCKさんの存在があったんです。でも、その表現をそのままなぞるだけでは、自分らしさを出せないと感じて。
それで、自分がこれまで影響を受けたドット絵や、ゲーム文化を色濃く反映させるために、あえて色数を制限したり、解像度を固定して統一感を持たせたり、実際のゲーム画面を思わせるような、仕上がりになるように工夫しました。
坂本 確かに、ゲームのような質感のあるMVですね。

m7kenji x TORIENA / PULSE FIGHTER MUSIC VIDEO

m7kenji 当時は、六本木の会社に勤めていたのですが、終電ギリギリまで近くのマクドナルドで作業をして。いろんな試行錯誤を繰り返しながら、どうにかMVを完成させることができました。
坂本 MVを発表されてから反響などはありましたか?
m7kenji MVを見た映像作家の大月壮さんから、個人的にメールをいただいたんです。当時は、ドット絵のアーティストがまだ多くなかったので、一緒に活動しないかと声をかけていただいて。
それからは、現代美術家のたかくらかずきくんと3人で、ドット絵の映像作品などを制作していました。当時、大月さんに出会っていなかったら、ドット絵で企業案件の仕事をする縁もなかったと思います。

m7kenji x NECRONOMIDOL SKULLS IN THE STARS

muque - jabber(Official Music Video)

るなっち☆ほし 「ONE PLANET」【MV】

歌詞の心情に寄り添った『ぼくはおもちゃ』

坂本 2020年にはNHKの音楽番組「みんなのうた」で、楽曲『ぼくはおもちゃ』のMVも手がけられていますよね。
m7kenji 「みんなのうた」の制作を担当されている方が、書籍『映像作家100人』で自分の作品に興味を持っていただいたようで。楽曲の世界観に合うドット絵のMVを作って欲しいと依頼を受けたんです。

映像作家100人 2022年度ティザー映像

坂本 全体のデザインやモチーフなどは、担当の方から指示があったんですか?
m7kenji 特にはありませんでした。すでに楽曲の収録が終わっていたので、音源を聴きながら自分で楽曲の世界観を想像して。
少し悲しい歌詞だったのですが、子供向けの番組なので暗い印象にならないよう、少年と犬のおもちゃの成長を明るい色合いで表現しました。

m7kenji 特別インタビュー Part2 NHK「みんなのうた」などのMVも手がけるドッター山本彩『ぼくはおもちゃ』のMV

坂本 少年を笑顔にしたいおもちゃの気持ちが伝わってきます。
m7kenji 特に、相手の幸せを祈る心境をどう表現するかが難しくて。『ぼくはおもちゃ』のMVを制作している間は、楽曲に対する自分なりの答えを探す毎日でした。
坂本 でも、そんなキャラクターたちの心情が、見事にドット絵で表現されていますね。
m7kenji ぼくが、子供の頃に遊んでいたゲームへの愛をドット絵に込めて、子供たちには新しいものに触れる新鮮さを、大人たちにはどこか懐かしさを感じられる映像にしたかったんです。

m7kenji 特別インタビュー Part2 NHK「みんなのうた」などのMVも手がけるドッター少年とおもちゃが戯れる様子を描いたシーン


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  • 坂本遼󠄁佑
  • Interviewer: 坂本遼󠄁佑 the PIXEL magazine 編集長。東京都練馬区出身。大学ではアメリカの宗教哲学を専攻。卒業後は、出版社・幻冬舎に入社し、男性向け雑誌『GOETHE』の編集や、書籍の編集やプロモーションに携わる。2023年にフリーランスとして独立し、現在はエディター兼ライターとして活動している。