the PIXEL MAGAZINE

ARTICLES ARTIST #Muscat 2024.06.14

Muscat 特別インタビュー Part3 可愛らしい女の子の世界ができる舞台裏

Interviewer: 坂口元邦 

弱冠20代という若さで、明電舎「電気よ、動詞になれ。」ピクセルアート篇や、漫画『僕のヒーローアカデミア』の公式動画など、さまざまな企業とのコラボ作品を手がける新進気鋭のアーティスト、Muscat氏に独占インタビュー! 可愛らしい女の子のアイコンに秘められた本当の素顔とは−−。

Muscat氏とともにシブヤピクセルアートコンテストの受賞作に込めたこだわりやアーティストとしての成長を振り返った第2回。続く第3回では、代表的な3つの作品をもとに、Muscat氏の創作活動の裏側に迫る。(文=坂本遼󠄁佑|Ryosuke Sakamoto)

コロナ禍だからこそできた奇跡の1作

坂口 Muscatさんの作品のなかで、ぼくにとって一番印象だった作品が、『不要な事なんて、ひとつも無かったよ』というドット絵なんです。部屋の細部までしっかり描き込まれていて、全体に独特な雰囲気が漂っている。この作品は、どのようなきっかけで描かれたんですか?

Muscat 特別インタビュー Part3 可愛らしい女の子の世界ができる舞台裏『不要な事なんて、ひとつも無かったよ』(2021)

Muscat 自分は作品を制作する時、なにかの言葉やフレーズから全体のイメージを考えることが多いんです。この作品を描いた頃は、ちょうどコロナ禍の真っ只中で、メディアなどでよく「不要不急の外出は控えてください」という言葉が使われていて。
ある日、テレビのニュース番組を見ていたら、コロナの影響で卒業式が中止になってしまった学生が、街頭インタビューで「不要不急って言っても、世の中には大事なことしかない」って言っていたんです。そのフレーズが頭から離れなくて、作品のモチーフにすることにしました。
坂口 それでゴミ箱に捨てられている紙に、「卒業式中止」って書いてあるんですね。カレンダーには、おそらく卒業式と思われる日が、赤い丸で囲まれていて。どこか寂しそうな印象を持ちました。
Muscat 自分の大学も卒業式が中止になって、自分の中にもモヤモヤした気持ちがあったんです。

Muscat 特別インタビュー Part3 可愛らしい女の子の世界ができる舞台裏Muscat氏のお気に入りのキャラクターである「星のカービィ」。作品と同じように自宅の棚には、星のカービィのグッズが置かれている。

坂口 窓の外に「KEEP OUT」と書かれた黄色いテープが張り巡らされているのも「不要不急の外出禁止」という意味ですか?
Muscat そうです。当時は、まだリハビリ施設にいた頃だったので、気軽に外に出かけられなかったんです。埼玉にあるリハビリ施設だったので、関東を観光したかったのですが、どこにも行くことができず。
坂口 そんなMuscatさんの心境が、机に頭をふせながら足をぶらぶらさせている女の子に表れていますね。
Muscat あの時期だからこそできた作品であって、今だったら描けなかったドット絵だと思います。

初の企業案件「電気よ、動詞になれ。」

坂口 2022年には、明電舎の「電気よ、動詞になれ。」ピクセルアート篇を手がけられていますが、これはどのようなきっかけで作られたんですか?
Muscat 広告代理店の方から制作の依頼をいただいたんです。私以外にもうひとりピクセルアーティストの方が参加されていて、自分は雨の中で傘をさす男性のシーンと、扇風機で遊ぶ子供と母親のシーン、あとエレベーターで面接に向かう就活生のシーンを描きました。

 

「電気よ、動詞になれ。」ピクセルアート篇(2022)

坂口 依頼を受けた時には、どの程度までシーンの設定が決まっていたんですか?
Muscat 全体のモチーフやシュチュエーション、おおまかなキャラクターの設定などは決まっていて、そこに自分で動きや細かい要素を付け足していきました。
坂口 動画を制作されていて、なにか印象的だったことはありますか?
Muscat おそらくこれが自分にとって初めて企業からいただいた仕事だったんです。それまで個人の方から依頼をいただくことはあったのですが、企業のPRを手がけたことはなかったので。
坂口 今ではYouTubeで236万回以上(2024年3月現在)も再生されていますもんね。
Muscat 後に、YouTube Works Awards Japan 2023のグランプリも受賞して、予想以上の反響に自分でも驚きました(笑)でも、たくさんの人に動画を見ていただけて、本当に嬉しかったです。
坂口 企業からの依頼で制作した作品は、自己制作のものと違って、他の業界の人々にも見てもらえる機会になるので、社会的に価値の高い意義ある仕事だと思います。

Tiny GriffiのMVで描いた異色の世界観

坂口 2023年には、アーティストのDE DE MOUSEさんとShin-Skiさんのユニット「Tiny Griffi」のMVを制作されていましたが、こちらもなにか指定があって描かれたんですか?
Muscat Tiny GriffiのコラボEP『Rainbowtimeの少年』と、1stシングル『椿 Flowering』のMVは、かつて制作した『不要な事なんて、ひとつも無かったよ』をベースに、いくつか新しい要素を付け加えたいという要望をいただきました。

『Rainbowtime の少年』(2023)

 

 

『椿 Flowering』(2023)

『Dawn Milky(1st ALBUM)』(2023)

坂口 実際にMVを制作されて印象的だったことはありますか?
Muscat Tiny GriffiさんのMVを3作品分描かせていただいたのですが、その3つのMVのストーリーが繋がるようにデザインしたんです。そういう連作のような作品は、今まであまり作ってこなかったので強く印象に残っています。
坂口 楽曲の雰囲気とも見事にマッチしていて、音のメローな感じを引き立てていますね。
Muscat 私は音楽に関してはあまり詳しくはないのですが、楽曲とアニメーションがぴったり合う作品になったと思います。全体として非常に完成度が高くて、自分でもかなり気に入っています。
坂口 やはり完成した時の喜びも大きかったんですか?
Muscat それまで楽曲に合わせたドット絵を描いたことはあったのですが、自分のドット絵が完成した後に曲が完成したことはなかったので、完成したものを見た時に音が付くだけでイラストの印象がこんなに変わるんだって驚きました。
坂口 イラストの雰囲気は、イラストレーターのMœbius(※1)さんの世界観を参考にされたと聞きましたが本当ですか?
※1)「Mœbius(メビウス)」のペンネームで知られるフランスの漫画家。本名はJean Henri Gaston Giraud(ジャン・アンリ・ガストン・ジロー)。日本の漫画界に影響を与えた人物のひとり。
Muscat そうです。DE DE MOUSEさんとShin-Skiさんからの希望もあって、メビウスさんの近未来的なSFファインタジーの世界観を参考にしました。
坂口 これまでメビウスさんを参考にした作品はなかったと思うのですが、彼の世界観をどのように解釈されたんですか?
Muscat 今まで描いたことのないような世界観だったので、非常に挑戦的な試みでした。でも、自分の作風とメビウスさんの世界観の中間点を探そうと思って、いろいろ試行錯誤したのを覚えています。
坂口 SFファンタジーのような世界観がよく表れているのが、やはり窓の外に見える2つの月ですよね。
Muscat あれはDE DE MOUSEさんとShin-Skiさんからいただいたアイデアです。
坂口 『椿 Flowering』では、本来ならまっすぐ落ちる流れ星が曲がっていたり、雪のようなものが降っていたりする幻想的な外側の世界。そして、床から微かな光が舞い上がり、棚の上の植物がぐにゃっと動く神秘的な内側の世界。その異なる世界がシュールレアリズムのように混ざり合っている空間の演出が絶妙ですね。
Muscat 細かいところまで見ていただいて、ありがとうございます!
坂口 『不要な事なんて、ひとつも無かったよ』にも、棚の中に金魚の水槽が描かれていますが、これはもしかしてピクセルアーティストの豊井祐太(※2)さんを意識されているんですか?
※2)風景を題材にしたドット絵を多く制作するピクセルアーティスト。著書に『水と手と目 豊井祐太(1041uuu)ピクセルアート作品集』がある。
Muscat まさにそうです。豊井さんの表現法などは、意識的に取り入れさせていただいています。
坂口 ひとつの空間が織りなす多様な現象たちが、ポリリズムのように同時に発生していて、楽曲とも見事に調和している演出づくりには圧倒されますね。

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  • 坂口元邦
  • Interviewer: 坂口元邦 the PIXEL代表。SHIBUYA PIXEL ART実行委員会発起人。18歳で渡米し、大学では美術・建築を専攻する傍ら、空間アーティストとして活動。帰国後は、広告業界で企業のマーケティングおよびプロモーション活動を支援。ゲーム文化から発展した「ピクセルアート」に魅了され、2017年に「SHIBUYA PIXEL ART」を渋谷で立ち上げた。現在は、ピクセルアーティストの発掘・育成・支援をライフワークにしながら、「現代の浮世絵」としてのピクセルアートの保管や研究を行う「ピクセルアートミュージアム」を渋谷に構想している。