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ARTICLES ARTIST #増田敏也 2024.08.16

増田敏也 特別インタビュー Part1 大阪のダウンタウンで生み出されるデジタル陶芸

Interviewer: 坂本遼󠄁佑 

パソコンの画面から飛び出してきたような“ドット絵”の立体作品。これは日本の伝統工芸である陶芸の世界において、ピクセルで身の回りにあるものを表現する新たな技法を打ち出した、デジタル陶芸家の増田敏也氏の作品だ。そんなピクセルアートとも関係が深い増田氏に特別インタビュー! 陶芸界の異端児が語った“デジタル”を人間の手で作品にする意義とは。

第4回にわたりthe PIXEL magazine 編集長の坂本遼󠄁佑が、デジタル陶芸家の増田敏也氏の魅力を探る本連載。第1回では、大阪府生野区にある増田氏のアトリエで、デジタル陶芸の作品を制作する様子や、クリエイターとしての道具に対するこだわり、今制作している作品の構想について伺った。(文=坂本遼󠄁佑|Ryosuke Sakamoto)

大阪のダウンタウンにある工房

坂本 今回は、デジタル陶芸家の増田敏也さんの工房で、インタビューをさせていただいています。よろしくお願いいたします。
増田敏也 よろしくお願いいたします。
坂本 この工房はどのような経緯で、使用することになったんですか?
増田敏也 もともとはアーティストをしていた後輩が2階の部屋を借りていて、同じ建物をシェアする形で1階を工房として使い始めました。でも、その後輩が川を挟んだ向こう側の地区に移ることになって、今は陶芸家の妻と2人で仕事場として使っています。

増田敏也 特別インタビュー Part1 大阪のダウンタウンで生み出されるデジタル陶芸工房内は夫婦の作業スペースが分かれている。

坂本 陶芸をする時は1階で作業しているんですか?
増田敏也 そうです。陶芸品を階段で運ぶのは危険なので、制作にまつわる作業はすべて1階でやっています。2階の部屋は、基本的に撮影や梱包などに使っていて。
坂本 この大阪府生野区という地域は、アーティストの工房やアトリエが多いんですか?
増田敏也 卸売市場を中心とした地域なので、アーティストの工房というより、食品加工の施設や工場が多いです。町工場が集まった“下町”という感じですね。この工房も3棟が連なってできているんですが、隣はステンレスのシンクを磨く工場になっています。

増田敏也 特別インタビュー Part1 大阪のダウンタウンで生み出されるデジタル陶芸以前は、作業をしながら音楽のCDを聴いていたが、テンションが上がってしまい集中できないため、最近ではテレビ番組やYouTubeの動画を聴くことが増えたのだとか。

まさに“ものづくりの町”なので、いつもどこからか機械音が聞こえてきます。陶芸はあまり音を出す作業がないのですが、大きな音を出しても周囲の迷惑にならないので、土日でも安心して作業ができますよ。
坂本 ピクセルアーティストのなかでも、陶芸を軸に活動をされている、増田さんらしい工房だと思いました。

人間の手と道具によって生まれる芸術品

坂本 制作途中の作品がいくつかありますが、この粘土で作られたバナナは、どのような作品なんですか?
増田敏也 それは芸術家のアンディ・ウォーホル(※1)が手がけた、ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバムのジャケットをモチーフにしています。ウォーホルのポップアートは、大量生産大量消費の社会をテーマにしていて、工場で同じ作品がいくつも製造されていた。
※1)アメリカの芸術家。20世紀のポップアートを代表するアーティストのひとり。
一方、ぼくの作品は1から10まですべて個人作業なので、ウォーホルの作品の真逆のことをしている。なので、その“真逆さ”を表現するために、バナナの向きをあえて逆にしました。まだ単色でしか色付けをしていないので、これからよりバナナらしい色にしていきます。

増田敏也 特別インタビュー Part1 大阪のダウンタウンで生み出されるデジタル陶芸バナナの手前にあるのはアンディ・ウォーホルの作品『キャンベルスープの缶』をモチーフにした陶芸作品。

坂本 このビニールの入れ物には、なにか意味があるのでしょうか?
増田敏也 今は素焼きしたものを置いていますが、普段は素焼きする前の粘土を乾燥させるために使っています。粘土は急に乾燥させると外側と内側で水分量に変化が生まれ、歪みやひび割れを起こす原因になる。それゆえ、ビニールの室に入れることで、蒸し風呂のような状態でじんわり乾かしていくんです。
坂本 陶器を焼く窯は、何種類あるんですか?
増田敏也 50㎤くらいのものが焼ける窯と、小さなものを焼くための窯の2種類です。でも、他の陶芸家の方々はこの2〜3倍くらいの大きさの窯を使っている人が多いかな。ぼくは大きな大型の作品を制作する時は、いくつかのパーツに分けて素焼きしてから、それぞれを繋ぎ合わせてひとつにしています。
坂本 窯のほかにレバーが付いた机もありますが、これはなにをする道具なんですか?
増田敏也 それは“スラブローラー”という道具です。名前に付いている“スラブ”とは“板状の土”という意味で、粘土を均等な板に引き延ばすことができます。ぼくは陶芸品を作るために、まず板状の土を作ってから型紙に合わせて切り出し、それぞれのパーツを積層することで立体にするんです。

増田敏也 特別インタビュー Part1 大阪のダウンタウンで生み出されるデジタル陶芸粘土を引き延ばして“たたら”を作るスラブローラー。

延べ棒を使って手で粘土を伸ばす方法もあるのですが、それだと1枚の板を作るのに多くの労力と時間がかかってしまう。その大変な作業を省くためにローラーを使っています。この装置に近いものがパン屋さんで使われていて、パン生地を均等に伸ばすのに便利なんだそうです。
坂本 増田さんの作品を制作するのに欠かせない道具ですね。
増田敏也 この工房を使い始めた頃は、このスラブローラーと作業用の机と椅子しかなくて。ちょうどゲームの主人公が、最初に住んでいる部屋のような状態でした(笑)でも、自分の作品は“ろくろ”などを使わないので、他に作業に必要な道具がなかったんです。

陶芸家として“こだわり”について

坂本 この細かい飾りが付いた壺の作品はなんですか?
増田敏也 それはドイツの名窯である“マイセン”の『スノーボール花瓶』という陶磁器をオマージュした作品です。

増田敏也 特別インタビュー Part1 大阪のダウンタウンで生み出されるデジタル陶芸『タイトル未定』(2024)

坂本 小さいお花がたくさん付いていますが、何個くらいあるんですか?
増田敏也 今回は大きめの作品なので、だいたい3000個くらいだと思います。
坂本 3000個!?
増田敏也 いくつお花を作ったかわからなくなるので、机のメモ帳に“正”の字を書いて数えながら付け足しています。
坂本 お花はひとつひとつ作るんですか?
増田敏也 1度に55個くらい作れる石膏の型を使っています。最初は石膏原型で作っていたのですが、使っているうちに少しずつ型自体が削れてしまって。石膏原型からシリコン原型に作り変えて、すり減っても何度でも作り直せるようにしました。
坂本 型などの道具も自分で作っていたとは。

増田敏也 特別インタビュー Part1 大阪のダウンタウンで生み出されるデジタル陶芸1度に55個の花形を作ることができる石膏の型。

増田敏也 道具を作る技術がないと、同じ形のものを大量に作る作品はできないと思います。同じ作業を繰り返すということは、逆にシステム化する余地があるということなので。新しい道具のアイデアも生まれてきやすいんです。
坂本 道具に対するこだわりも強いんですね。
増田敏也 自分で細かい調整をできた方が、作業が効率化するんです。例えば、かつては木材などもホームセンターでカットしてもらっていますが、今では自分で電動工具を使って切っています。その方が、途中から欲しい形に作り変えることができるので。
また、ヘラなどの刃物を研ぐ時も、電動の砥石を使っています。学生時代は金属工芸を専攻していたので、金物の加工やメンテナンスは得意なんです。工芸品などの“もの”を作る人は、まず道具を作ることから始める人が多いと思います。

増田敏也 特別インタビュー Part1 大阪のダウンタウンで生み出されるデジタル陶芸型抜きした花形の数を正の字で記録したメモ帳。

坂本 ひとつの作品を制作するのに、どのくらいの時間がかかるんですか?
増田敏也 大きい作品であれば、それだけ制作時間もかかるし、小さい作品であれば、当たり前ですが制作時間も短くなります。でも、ある程度のボリュームのものであれば、だいたい3ヶ月くらいはかかりますね。
坂本 ひとつの作品に3ヶ月もかかるとは驚きです。
増田敏也 もちろん、いくつかの作品を同時進行で制作しているので、ひとつだけを制作しているわけではありません。粘土を形づくるのに1ヶ月、室で乾燥させるのに1ヶ月、素焼きしたものを着色するのに1ヶ月かかるので、途中から別の作品も作り始めることが多いです。
坂本 時間も労力も惜しまないからこそ、いい作品を生み出せるんですね。

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  • 坂本遼󠄁佑
  • Interviewer: 坂本遼󠄁佑 the PIXEL magazine 編集長。東京都練馬区出身。大学ではアメリカの宗教哲学を専攻。卒業後は、出版社・幻冬舎に入社し、男性向け雑誌『GOETHE』の編集や、書籍の編集やプロモーションに携わる。2023年にフリーランスとして独立し、現在はエディター兼ライターとして活動している。