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ARTICLES ARTIST #増田敏也 2024.08.16

増田敏也 特別インタビュー Part2 デジタルを立体作品にする新たな試み

Interviewer: 坂本遼󠄁佑 

パソコンの画面から飛び出してきたような“ドット絵”の立体作品。これは日本の伝統工芸である陶芸の世界において、ピクセルで身の回りにあるものを表現する新たな技法を打ち出した、デジタル陶芸家の増田敏也氏の作品だ。そんなピクセルアートとも関係が深い増田氏に特別インタビュー! 陶芸界の異端児が語った“デジタル”を人間の手で作品にする意義とは。

増田氏のアトリエで実際に作品を制作している様子を取材した第1回。続く第2回では、高校時代から金属工芸を専攻していた増田氏が、陶芸家を目指し始めたきっかけや、これまでに影響を受けたアーティスト、現代的な“デジタル”を陶芸作品のテーマにしだした経緯について聞いてみた。(文=坂本遼󠄁佑|Ryosuke Sakamoto)

すべてのきっかけは“金属工芸”

坂本 今では日本のみならず海外の美術館やギャラリーにも、陶芸の作品が展示されている増田さんですが、そもそもアートに興味を持ったきっかけはなんだったんですか?
増田敏也 アートに興味を持ったのは、高校生ぐらいの時からだと思います。ぼくは大阪市立工芸高校という高校に通っていたんですが、そこの金属工芸科というコースに在学していました。
坂本 高校時代は陶芸ではなかったんですね。
増田敏也 当時、大阪市立工芸高校には、金属工芸科、木材工芸科、デザイン科、建築科、写真科、美術科という6つのコースしかなかったんです。でも、中学生時代のぼくはあまり頭がよくなくて、受験できるコースが金属工芸科、木材工芸科、建築科の3つくらいしかなかったんです。
それで、母親の知り合いが建築科に通っていたので、授業などの様子を聞いたら、製図を書く内容ばかりであまり興味が持てず。また、中学校の技術家庭という教科でよく木材を扱っていたので、まだやったことのない金属工芸をしてみたく、金属工芸科に進学することにしました。

増田敏也 特別インタビュー Part2 デジタルを立体作品にする新たな試み初期の金属工芸作品『polygon』(2002)

坂本 大学でも金属工芸を専攻されていたんですよね?
増田敏也 高校生活で金属工芸に対する興味が湧いてきて、大学でも金属工芸についてもっと勉強したくなったんです。でも、東京藝術大学や多摩美術大学、金沢美術工芸大学などの県外の大学に進学する余裕はないし、受験するほどデッサンなどの技術もなかったので、地元の大阪芸術大学に進学しました。
坂本 大学卒業後は、なにをされていたんですか?
増田敏也 卒業後は、大学に残ってスタッフをしていました。大学教授の助手をする仕事で、その頃からアートに対する考え方が変わってきた気がします。

影響を受けたアーティストたち

坂本 当時、影響を受けたアーティストなどはいたんですか?
増田敏也 大学生時代は、画家のサルバドール・ダリのような有名な作家が好きでした。でも、スタッフになってからは、少しずつマニアックなアーティストを深掘りするようになって、彫刻家のアントニー・ゴームリー(※1)などを追いかけるようになったんです。
※1)Antony Mark David Gormley。イギリスの彫刻家。代表作のパブリックアート『エンジェル・オブ・ザ・ノース』や『アナザー・プレイス』で知られている。
アントニー・ゴームリーは、今でも活躍されている作家ですが、彫刻作品が本当にカッコよくて。彫刻家というより芸術家として憧れていました。なので、彼のような造形物を作りたいと思い始めてから、アートに対する興味がさらに深くなって、好きなアーティストも増えていきましたね。
坂本 その頃、陶芸家で影響を受けたアーティストはいましたか?
増田敏也 大学でスタッフをしている時に、陶芸家の宮川香山という作家を知ったんです。今では“超絶技巧”として広く知られていますが、彼が生きていた当時も高く評価をされていて、輸出産業として海外にも多くの作品が出回っていました。
でも、戦後になると“明治工芸”は、今ほど注目されておらず、リアルな陶芸作品はあまり評価されていなかった。それが、この10〜15年の超絶技巧ブームで、再び評価が高まっているんです。

増田敏也 特別インタビュー Part2 デジタルを立体作品にする新たな試み宮川香山の『水辺ニ鳥細工花瓶』に、アーケードゲーム「ギャラガ」の飛行船など、独自の解釈を加えたLow pixel CG『オマージュ(水辺ニファイター花瓶)』(2013)

坂本 大学でスタッフをしていた時は、陶芸作品を制作していなかったんですか?
増田敏也 スタッフの時は、ずっと金属工芸をしていました。
坂本 陶芸に関心を持ったのはいつ頃なんですか?
増田敏也 大学のスタッフになってから、学部生と違い成績などの評価が付かなくなり、改めて自分が作りたいものはなにか考えるようになったんです。最初は、デジタルなものを立体作品で表現したくて金属で始めたんですが、そのうちに金属でなくてもデジタルを表現できるなと思い始めて。
その頃、とある高校の非常勤講師として、工芸の授業を教えることになったんです。そこで金属工芸だけでなく、彫刻や染色、陶芸なども教えることになり、木材や粘土に触れる機会が増えていって。さまざまな素材を扱っているうちに、金属以外にも表現方法はいろいろあることに気が付きました。
坂本 でも、デジタルを表現するなら金属が一番近いイメージがありますよね。
増田敏也 だからこそ、一番遠いイメージのある陶芸にしようと思ったんです。陶芸って曲線美に重きを置いている作品が多くて、デジタルのカクカクしたイメージの対極にあった。そんな真逆なもの同士を組み合わせてみたら、もっと面白い作品ができると思ったんです。

いかに“デジタル”を立体作品にするか

坂本 “デジタル”を造形物で表現したいという想いは、どこから生まれてきたんですか?
増田敏也 やはり、ぼくたち世代にとって、ファミコンの影響は大きかったと思います。小学校の低学年くらいで発売されたんですが、当時の子供たちにはすごく衝撃的で。すぐには買ってもらえなかったんですけど、友達もみんなファミコンの世界に夢中でした。
そんな時代背景もあり、ぼくにとってファミコンの誕生は、アーティストとしての原体験になっていると思います。今でも初期のゲームソフトのような低解像度のドット絵を見ると、どこかワクワクしてしまう自分がいますから。
坂本 子供の時に受けた影響って大きいですよね。
増田敏也 また、20代の時にゲームセンターに行って、アーケードゲーム『バーチャファイター』を目にしたんです。その時も、ファミコンの時と同じような衝撃を受けて。ポリゴンのようなキャラクターが画面上で動いている。それをどうにか立体造形で作れないかと考えました。
坂本 そこから“デジタル”を立体作品にするアイデアに繋がっていくんですね。

増田敏也 特別インタビュー Part2 デジタルを立体作品にする新たな試みアーケードゲーム「スペースインベーダー」をモチーフに、宮川香山の『褐釉蟹貼付台付鉢』を再解釈したLow pixel CG『オマージュ(無釉インベーダー貼付台付鉢)』(2012)

増田敏也 最近では、3Dキャラクターの立体作品などもありますが、当時はまだデジタルとアナログを組み合わせた作品が珍しかったんです。しかも、その後に発売された『バーチャファイター2』では、よりリアルなキャラクターが自由に動き回っていて、あたかも稲妻に打たれたような衝撃を受けました。
坂本 自分は同世代ではないのでわからないのですが、その衝撃が相当なものだったことは伝わってきます。
増田敏也 子供の頃に遊んでいた『スーパーマリオブラザーズ』は、横スクロールアクションが基本でした。でも、『バーチャファイター2』は、フルポリゴンのうえ画面が360度で動くんです。しかも、キャラクターの動作がすごく滑らかで、ぼくらが知っているゲームではなかったんです。
坂本 確かに“原体験”と言える経験ですね。

増田敏也 特別インタビュー Part2 デジタルを立体作品にする新たな試みLow pixel CG『思い出ごはん(中華そば)』(2015)

増田敏也 デジタルを造形物で表現しようと思ったきっかけが、実はさらにもうひとつあるんです。当時、映画『マトリックス』が劇場公開されて、最新のCG技術を使った映画ということで注目を集めていました。
その映画のワンシーンで、主人公が飛び上がった瞬間に、カメラが360度ぐるっと回る演出があって。なにか動いているものが瞬間的に止まった状態を作れば、CGなどのデジタル技術を立体作品で表現できるのではと思ったんです。
坂本 映画『マトリックス』の代表的なシーンですよね。
増田敏也 でも、よく考えてみたら彫刻って、そもそも瞬間を捉えた作品なんですよね。なにかの動きを瞬間的に止めているものが彫刻や陶芸なので、それだけでは“デジタル”の要素は伝わらない。ならば、解像度を下げてピクセル化していった方が、よりデジタルな質感が表現できるとわかったんです。
CG技術で作った映像は、リアルにしていくほどCGが強くなる。実際に撮った映像のようになるので、デジタルの質感からかけ離れていってしまう。逆に、解像度を下げて曖昧にして行った方が、抽象的になってよりデジタルっぽい表現になることがあるんです。
坂本 まさに逆転の発想ですね。

増田敏也 特別インタビュー Part2 デジタルを立体作品にする新たな試みLow pixel CG『Power of something』(2008)

増田敏也 なので、宮川香山の超絶技巧のようなリアルな作品を作っても、デジタルという文脈ではあまり意味がなくて。あえてモザイク画くらい解像度を下げた方が、人間のデジタルに対するイメージに近づけると思ったんです。

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  • 坂本遼󠄁佑
  • Interviewer: 坂本遼󠄁佑 the PIXEL magazine 編集長。東京都練馬区出身。大学ではアメリカの宗教哲学を専攻。卒業後は、出版社・幻冬舎に入社し、男性向け雑誌『GOETHE』の編集や、書籍の編集やプロモーションに携わる。2023年にフリーランスとして独立し、現在はエディター兼ライターとして活動している。