the PIXEL MAGAZINE

ARTICLES ARTIST #ヘルミッペ 2024.11.01

ヘルミッペ パリ2024記念インタビュー Part2 矢絣デザインのスポーツウェアに込められた“日本の心”

Interviewer: 坂本遼󠄁佑 

パリ2024オリンピック・パラリンピックの表彰式や選手村で、日本代表選手たちが着用していたピクセルアートのスポーツウェア。日本の伝統的な模様である“矢絣”をテーマに、さまざまなモチーフで描かれたドット絵のグラフィックは、ピクセルアーティストのヘルミッペ氏が制作協力したものだ。

今回、the PIXEL magazine 編集長の坂本遼󠄁佑が、そんな世界から注目を集めたグラフィックについて、アシックスのアパレル・エクィップメント統括部の前川裕介氏と大堀亮氏、そしてヘルミッペ氏に単独インタビューを行った。(文=坂本遼󠄁佑|Ryosuke Sakamoto)

親しみやすいドット絵は“洗練されすぎていない”

坂本 今年のパリ2024オリンピック・パラリンピックで、ヘルミッペさんが制作に参加されたキーグラフィックが使用されていました。アシックスの方から仕事のオファーを受けた時、ヘルミッペさんはどのような感想を持ちましたか?
ヘルミッペ 「がんばるぞ!」という気持ち以外はなかったです。いつも企業の方からお仕事をいただく際には、初めに妻に相談をするようにしているのですが、守秘義務があるためそうもいかず。よく考えてからお返事をしました。
アシックスの方々も、自分の意見をしっかりと尊重してくださったので、もちろん緊張はあったのですが、楽しみながら取り組ませていただきました。
坂本 キーグラフィックを制作するにあたって、なにかこだわった点などはあったんですか?
ヘルミッペ 伝統的な“日本らしさ”を感じさせるデザインに加えて、インパクトのある見た目も目指していて。あえて洗練されすぎないように意識しました。
坂本 あえて“洗練されすぎない”ようにするんですか?
ヘルミッペ ドット絵が持つ“親しみやすさ”って、少し野暮ったい可愛さにあると思うんです。どこか垢抜けない愛らしさというか。洗練されすぎてしまうと、失われてしまう“味わい”みたいなものがある。
そんなドット絵の“野暮ったい可愛さ”と、デジタル表現ならではの“クールさ”を掛け合わせるために、ドットの形や大きさ、使う色数などにこだわってみました。

伝統的な着物の柄とゲームのドット絵の意外な共通点

坂本 最初からヘルミッペさんの頭の中は、完成したキーグラフィックのイメージがあったんですか?
ヘルミッペ 今回のプロジェクトでは、ぼくは全体のデザインを決めるというよりも、デザインの特徴付けや差別化をするための“彩り”を加える役割が大きかったです。なので、ドット絵ですべてを表現しようとは、初めから考えていませんでした。
アシックスの方でレギュレーションやコンセプトワークが決まってから、その方向性に合わせてさまざまな要素を提案していったので、自分だけで決めたのではなく、多くの人と一緒になってデザインの完成を目指した感じです。
坂本 では、キーグラフィックを制作している段階では、最終的な完成品は見えていなかったんですね。
ヘルミッペ 最初の段階で、いくつかのモチーフを提案していたので、どのデザインが採用されるかわからない状態でした。アシックスの社員の方々のなかでも、さまざまな意見があったようで試行錯誤を重ねていって。
そもそも日本人と外国人とでは、“日本らしさ”の受け取り方が違う。ましてや、外国人のなかでも職業や住む地域によって、“日本”のイメージが少しずつ異なるので、なにが正解かは誰にもわからなかったんです。
坂本 ドット絵を描いていて手応えを感じたのは、どのくらいのタイミングだったんですか?
ヘルミッペ アシックスの方から「着物の柄を参考にしましょう」と言っていただいて、着物に使われる“矢絣”や“波模様”などの柄を見ているうちに、どこかドット絵と似ているなと思ったんです。

ヘルミッペ パリ2024記念インタビュー Part2 矢絣デザインのスポーツウェアに込められた“日本の心”『青海波』(2024)

幾何学模様のように同じ形が並んでいる着物の柄は、四角いピクセルを並べたドット絵のイラストと親和性がある。昔のゲームのドット絵って容量の制限があったので、マップチップ(※1)という複数のパターンの模様を並べて、地面や背景のイラストを作っていたのですが、それと同じ構造なんだと気付きました。
※1)ドットで背景やオブジェクトを描く際、同じサイズの画像をパズルのように並べてイラストを制作する手法。
坂本 着物の柄とドット絵には、そんな共通点があったんですね。

多くのモチーフが集まった“総柄”としてのデザイン

坂本 今回、「矢絣」のキーグラフィックの制作に参加されたヘルミッペさんですが、さまざまな模様の“矢絣”のモチーフのなかでも、特に気に入っているものありますか?
ヘルミッペ どのデザインもすべて気に入っていますが、特に好きなのは“弓矢”そのものを描いた「矢羽」のモチーフです。

ヘルミッペ パリ2024記念インタビュー Part2 矢絣デザインのスポーツウェアに込められた“日本の心”『矢羽』(2024)

坂本 「ラケット」や「ボール」といったモノを描いたモチーフがある一方、「スピード感」や「力がかかる」、「テンション&モーション」など、抽象的な言葉を表現したモチーフも多くありますね。

ヘルミッペ パリ2024記念インタビュー Part2 矢絣デザインのスポーツウェアに込められた“日本の心”『人とスポーツ/ラケット』(2024)

ヘルミッペ パリ2024記念インタビュー Part2 矢絣デザインのスポーツウェアに込められた“日本の心”『人とスポーツ/ボール』(2024)

ヘルミッペ グラフィック全体を“総柄”として表現するためには、それぞれのモチーフにあまり具体的な意味を持たせてしまうと、まとめた時に邪魔になってしまうと思ったんです。

ヘルミッペ パリ2024記念インタビュー Part2 矢絣デザインのスポーツウェアに込められた“日本の心”『人とスポーツ/力がかかる』(2024)

ヘルミッペ パリ2024記念インタビュー Part2 矢絣デザインのスポーツウェアに込められた“日本の心”『テンション&モーション』(2024)

坂本 さまざまな国や地域の方に受け入れられるためには、あまり具体的な意味を押し付けるのではなく、全体の見栄えを重視した方がいいのかもしれませんね。

ヘルミッペ パリ2024記念インタビュー Part2 矢絣デザインのスポーツウェアに込められた“日本の心”『春夏秋冬/夏(セミ)』(2024)

ヘルミッペ パリ2024記念インタビュー Part2 矢絣デザインのスポーツウェアに込められた“日本の心”『春夏秋冬/冬(雪と山)』(2024)

大堀 全体を見た時の“カッコよさ”も大切な要素なんです。
坂本 グラフィック全体の“総柄”としてデザインされたものは、他の国や地域のユニフォームにもあったのですか?
大堀 昔は“総柄”としてデザインされたユニフォームが、他の国の選手団などでもよく見られたのですが、今回の大会では総柄で描かれたユニフォームが、思ったより少ないなという印象を持ちました。
南米の国々の“ラスタカラー”と呼ばれる、赤、黄、緑、黒などの配色で目立っている国はあったのですが、細かいデザインのパターンを並べたユニフォームはあまり見ませんでした。そこも多くの人に評価されたポイントかなと思います。
前川 実は、他にもいろいろなモチーフを制作していただいたんですが、最終的にモチーフの数を大幅に絞ったんです。なので、すべてのモチーフを使用することはできませんでした。
大堀 どうしても私たちだけでは決められない部分があって。オリンピック・パラリンピックを運営するJOCやJPCの方々、実際に競技で着用される選手たちの意見を聞いて、それぞれのブランディングの邪魔にならないよう、ユニフォームに使うデザインを精査していったんです。
でも、もちろん多くの人の意見を聞かないといけないのですが、私たちの作りたいものも押し出していくことも大切なので、時間をかけていろいろな意見を汲み取りながら、すべての人が納得できるデザインを目指しました。

世界で活躍する選手たちの個性を引き立たせる創意工夫

坂本 表彰式や選手村での選手たち様子をよく見ると、人によってスポーツウェアの柄の位置が違う気がするのですが、それぞれ服のデザインを変えているんですか?
大堀 今回のパリオリンピックのキーグラフィックは、ダイバーシティ(多様性)もテーマのひとつになっていています。
通常では、Tシャツなどに使用するグラフィックは同じ位置に柄が来るように生地を切り抜くのですが、それだと生産効率が下るうえ生産ロスも増えてしまう。そういったサステナブルの観点からも、あえてそれぞれの柄が違うバリエーション豊かな設計にしています。
坂本 選手村からの移動などで選手たちが横に並んだ時、それぞれの柄の“続き”が見えるようで面白いデザインだなと思いました。
大堀 すべての選手たちが着用するものなので、基本的には同じ柄に見えないといけないのですが、あまり大きな変化が出ない程度に柄を変えることで、選手たちひとりひとりの個性が輝くデザインにしました。
前川 また、キーカラーには日本代表を象徴する「TEAM JAPAN RED」という色に加えて、朝焼けに空が染まる“パリの日の出”をイメージした「サンライズレッド」という色もグラデーションで使っていて。全体の色彩で“日本”や“パリオリンピック”を表現しています。

パリ2024オリンピック・パラリンピックの閉幕を迎えて

坂本 今回、初めてオフィシャルスポーツウェアの制作に携われたヘルミッペさんですが、アシックスの方々と一緒にお仕事をされて、なにか印象的だったエピソードはありますか?
ヘルミッペ 最初にリモートで打ち合わせをした時や、実際に東京にある本社に伺わせていただいた時に、社員の方がTシャツに近い運動着を着ていたのが印象的でした。
みなさんすごく健康的な格好をしていて、それぞれのアイテムの素材を決める時も「こっちの素材のほうがいい」など、スポーツウェアにこだわりを持って仕事をされている。惰性ではなく愛着を持って仕事をされているのが自然と伝わってきて、一緒に仕事をしていてとても心地よかったです。
坂本 逆に、一緒に仕事をされていて苦労した点などはありましたか?
ヘルミッペ 他の仕事もそうですが、大変さを感じる場面はほぼなかったです。ぼくはドット絵を描ければ満足できる人間なので、特に大きなトラブルもなく、楽しみながら仕事ができました。ひとつあげるとすれば、本社にお伺させていただく際に、駅からの道のりに日陰が少なかったくらいですね(笑)
坂本 最後に、無事にパリオリンピック・パラリンピックが閉幕を迎えましたが、今回のプロジェクトに取り組まれた感想を教えてください。
前川 こちらがいろいろなお願いしても、ヘルミッペさんはいつも嫌な顔をせず、ストイックにドット絵に打ち込んでいらっしゃって。一緒にお仕事をしていて本当に楽しかったです。
大堀 プロジェクトを始動させてから、何年という月日がかかってしまったのですが、選手たちからも高評価をいただけたので、想像以上の成果を得られた最善の品だと思います。
ヘルミッペ パリオリンピックが開催された時に、妻のお母さんから少し大袈裟と思えるくらい褒めてもらえて。オリンピックの影響力の大きさを思い知りました(笑)
以前からパラリンピックの競技を観戦するのが好きで、義足や車椅子の試合をよく見ていたのですが、これからもっと障害者のスポーツに関わりたいなという気持ちが強くなりましたね。本当に楽しい仕事でした。

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  • 坂本遼󠄁佑
  • Interviewer: 坂本遼󠄁佑 the PIXEL magazine 編集長。東京都練馬区出身。大学ではアメリカの宗教哲学を専攻。卒業後は、出版社・幻冬舎に入社し、男性向け雑誌『GOETHE』の編集や、書籍の編集やプロモーションに携わる。2023年にフリーランスとして独立し、現在はエディター兼ライターとして活動している。