the PIXEL MAGAZINE

INTERVIEW ARTIST #tsumichara 2024.02.04

現代アーティストtsumichara 特別インタビュー Part3 芸術家としての原点

Interviewer: 坂口元邦 

シブヤピクセルアートで、2年連続受賞をとげた現代アーティスト/ピクセルアーティストのtsumichara氏に独占インタビュー。第4回に分けてピクセルアートとの出会いやさまざまなアートプロジェクトに込めた想いを紹介する。

第2回で、ピクセルアートとの出会いやアーティストとアスリートの意外な共通点について語ったtsumichara氏。第3回では、アーティストとしての原点やアートプロジェクト『みんなの空間』ができるまでの経緯について聞いた。(文=坂本遼󠄁佑|Ryosuke Sakamoto)

自分にしか見えないものを描く

坂口 現在では、ピクセルアートの作品だけでなく、さまざまなアートプロジェクトも手がけられているtsumicharaさんですが、初期の頃はどんな作品を制作されていたんですか?
tsumichara ぼくは、もともと視力が良くなくて、普段からメガネをかけているんです。ある時、そのメガネを外した状態で見えるものを描いてみようと考えて、iPadでドローイングの作品を制作するようになりました。
坂口 メガネを外すと視界がぼやけますよね?
tsumichara そうです。メガネを外すことで目の前のものがすべてぼやけて見える。そんな自分の目を通してしか見えない、ピントが外れた世界を写し取ることで、作品にオリジナリティが生まれると思ったんです。
坂口 面白いですね。それはいつ頃から制作していたんですか?
tsumichara 2019年くらいからです。ぼくは中学生の頃から画家のゴッホ(※1)に憧れがあって。これは自分の勝手な解釈ですが、ゴッホが描く抽象的な世界は、彼が実際に見えていた世界なのではないかという仮説を持っていて。だから、彼の作品には他にない”ヤバさ”があると思っています。
※1)フィンセント・ファン・ゴッホ。オランダを代表するポスト印象派の画家。
坂口 ゴッホにとって、彼の作品は“イマジナリーワールド”ではなく、“リアルワールド”だったということですか?
tsumichara その通りです。でも、普通の暮らしをしている自分には、“正常な世界”しか見ることができない。なので、どうしても描くものが、見えるものに依ってしまう。自由になりたいのに、どこか型にはまってしまう“ダメな優等生”のようなもどかしさがありました。
坂口 それがメガネを外した世界を描くことで解消されたんですか?
tsumichara 本来なら意図的に自分のリミッターを外せればいいのですが、どうしても枠にはまった作品ばかりになってしまい。そんな時に、メガネを外した世界を描くことを思いついたんです。視界をぼやかすことで、目の前のものを物理的に抽象化できるので。
坂口 メガネの度数にもよりますが、裸眼で見た世界はより抽象的になりますよね。それは細部が抽象的に表現されるピクセルアートと、なにか共通する部分がある気がします。
tsumichara ぼくにとって「ピクセルアート」は、「点描画」に近いジャンルだと考えていて。ピクセルでなにかを描くためには、解像度を下げる必要があり、自然と対象の色や形の特徴を抜き出すことになる。その時、特徴を抽出する自分というフィルターが、作品のオリジナリティになっているのだと思います。
坂口 確かに、対象の特徴をどう捉えるかには、アーティストの個性が表れてきますよね。実際にメガネを外して制作した作品を教えてもらえますか?
tsumichara 過去に四国遍路の札所を巡って、5分間以内にiPadでドローイングを描く『Shikoku 88』(2021)というシリーズものを制作したことがありました。88ヶ所の札所は、まだすべて巡っていないのですが、お寺などの風景を色と線だけで捉える作業は、やっていて非常に楽しいです。
  • 現代アーティストtsumichara 特別インタビュー Part3 芸術家としての原点

    『41 Ryuukou-ji』(2021)

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    『47 Yasaka-ji』(2021)

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    『51 Ishite-ji』(2021)

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    『61 Kōon-ji』(2021)

『みんなの空間 ~We are what we do~』について

坂口 現在は、どのようなプロジェクトに取り組んでいるんですか?
tsumichara 今は、愛媛県や愛媛新聞社などと連携して、ARアプリを活用した『みんなの空間 ~We are what we do~』(2023)というデジタルアートプロジェクトを進めています。

現代アーティストtsumichara 特別インタビュー Part3 芸術家としての原点

『みんなの空間 ~We are what we do~』(2023)

坂口 プロジェクトに参加したきっかけはなんですか?
tsumichara 当初は、愛媛新聞社の方から西日本豪雨から5年という節目の年に、紙面でアートプロジェクトをできないかとご相談いただいたんです。トルコ地震の際に、義援金として世界中から暗号資産の寄付が集まったというニュースがあり、それを私たちも自然災害というコンテクストで、なにかプロジェクトにできないかと考えました。
坂口 暗号資産として寄付金を募るということですか?
tsumichara そうです。支援の選択肢を増やすという意味で、直接、県や自治体に義援金を送ることができる仕組みは、募金のあり方として画期的なシステムだと思いました。そこで、緊急時ではなく平時である今のうちに、フィージビリティを確かめるために日本で実験してみました。
坂口 では、最初の段階では、アートプロジェクトではなかったんですね。
tsumichara どちらかというと、暗号資産やweb3関連のプロジェクトでした。しかし、web3はまだ一般的に広く浸透しておらず、多くの人にとって馴染みのないものだったため、アートプロジェクトとしてラッピングをして。NFTに紐づけした作品を販売することで、その売り上げを県のウォレットに入れられないかと考えました。
坂口 NFTの売り上げが、県や自治体への募金になるということですか?
tsumichara そこなんです。ただNFTの作品を販売するだけでは、多くの人に買ってもらえない。そこで、ARアプリで写真を撮るとリングがひとつ増え、最終的に「DEI(Diversity, Equity & Inclusion)」という文字ができる遊び要素を加えて。リングと一緒に自撮りした写真をNFTにすれば、多くの人が買ってくれると思いました。
坂口 なぜリングが増えていくシステムにしたんですか?
tsumichara リングが増えるとチェーンのように繋がる仕組みにしてあるんです。これは、私たちの“社会”を表していて、ひとりのユーザーが立て続けにリングを作ることはできません。他の人がリングを作ることではじめて、また次のリングを作れるようになる。これは、個人では生きていけない社会集団のメタファーになっています。
坂口 リングを繋げていくことで、ひとつの共同体が可視化される。まさにパブリックな作品と言えますね。
tsumichara そうですね。ブロックチェーンを可視化したものともいえます。また、独自のARアプリは、愛媛県庁や愛媛大学、愛媛新聞社、タオル美術館など、愛媛県内のいくつかのスポットにあるQRコードを読み取らないと、写真を撮れない仕組みになっていて。そうすることで、多くの人が愛媛県を巡ってリングを増やしていき、最終的に地域全体を使ったプロジェクトになるよう仕立て上げました。
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坂口 『みんなの空間 ~We are what we do~』は、今後どのように展開していく予定なんですか?
tsumichara 現段階ですでに900人以上の方々に参加していただいているので、皆さまに作っていただいたリングのチェーンをモチーフに、今24枚のペインティングを作成しています。24枚のキャンパスを並べた時に、ひとつの大きな絵画になるようにして。
坂口 そのペインティングは、これから販売するんですか?
tsumichara 今回のプロジェクトの記念として、個人や企業に販売していく予定です。また、協賛企業への寄贈なども考えていて。NFTに紐付けしたアート作品としても価値のあるものにしようと思っています。
坂口 数十年後にそれぞれの作品が集まって、大きな絵画になったら圧巻でしょうね。各キャンバスによって経年劣化の具合なども変わってくるので、24枚が辿ってきた歴史を感じられそうです。

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  • 坂口元邦
  • Interviewer: 坂口元邦 シブヤピクセルアート実行委員会 代表 SHIBUYA PIXEL ART実行委員会 発起人/The PIXEL 代表 18歳で渡米し、大学では美術・建築を専攻する傍ら、空間アーティストとして活動。帰国後は、広告業界で企業のマーケティングおよびプロモーション活動を支援。ゲーム文化から発展した「ピクセルアート」に魅了され、2017年に「SHIBUYA PIXEL ART」を渋谷で立ち上げ、ピクセルアーティストの発掘・育成・支援をライフワークとしながら、「現代の浮世絵」としての「ピクセルアート」の保管、研究、発展を行う「ピクセルアートミュージアム」を渋谷に構想する。