ARTICLES
ARTIST
#モトクロス斉藤
2024.11.15
モトクロス斉藤 特別インタビュー Part1 作品に嘘をつかない空間づくり
Interviewer: 坂口元邦
秀学社の資料集『美術資料』に作品が掲載されたことや、大塚製薬の「ポカリスエット」の広告を制作したことで、ピクセルアート界隈に新たな息吹をもたらしているモトクロス斉藤氏に特別インタビュー! 全4回に分けて、「Ultimate Pixel Crew(通称:UPC)」や「水曜ドット打つデイ」の誕生秘話、代表的な作品に込められた想いなどを紹介する。
全4回にわたりシブヤピクセルアートの主催である坂口元邦が、モトクロス斉藤氏のアーティストとしての魅力に迫る本連載。第1回では、モトクロス斉藤氏の活動拠点である下北沢で、ドット絵の制作を始めたきっかけや、雨のシーンに込めた想いについて聞いてみた。(文=坂本遼󠄁佑|Ryosuke Sakamoto)※この記事は2024年5月に取材したものです。
“モトクロス斉藤”という名前の由来
坂口 | 今回は、ピクセルアーティストのモトクロス斉藤さんの活動拠点である、下北沢でインタビューをさせていただいています。本日は、よろしくお願いします。 |
---|---|
モトクロス斉藤 | よろしくお願いします! |
坂口 | 下北沢を拠点に活動をされるようになったのは、いつ頃からなんですか? |
モトクロス斉藤 | 出身は岐阜県なんですけど、愛知県の大学に入学してからは、名古屋を中心に遊んでいました。でも、いつしか周りの友達が身を固めだして。まだ身を固める気がなかった自分は、東京でもう少し遊びたいと上京したんです。 |
坂口 | それからは下北沢で活動されているんですか? |
モトクロス斉藤 | そうです! |
坂口 | そもそもの質問なんですが、「モトクロス斉藤」と名乗り始めたのは、いつ頃からなんですか? |
---|---|
モトクロス斉藤 | 大学を卒業して新卒で会社に入社したぐらいの頃かな。当時は、ウェブマンガのサイトに自作のものを投稿していて。自分のペンネームを入力する欄に、“モトクロス斉藤”と登録したのが、そもそもの始まりです。 |
坂口 | その頃からマンガが好きだったんですか? |
モトクロス斉藤 | 好きっすね。特に、世界観がちゃんと作りあげられている作品。『砂ぼうず』(※1)や『よつばと』(※2)、『ヨコハマ買い出し紀行』(※3)とか、キャラクターよりも背景の設定が、しっかりと構成されている漫画を描きたかったんです。 |
※1)うすね正俊氏による砂漠化した関東平野を舞台にしたアクション漫画。 ※2)あずまきよひこ氏による5歳の主人公“よつば”の日常を描いたホームドラマ漫画。 ※3)芦奈野ひとし氏による温暖化で水没しつつある未来の世界を描いたSF漫画。 |
|
坂口 | 「モトクロス斉藤」という名前には、なにか由来があるんですか? |
モトクロス斉藤 | 由来はないです。完全に響きです。 |
坂口 | 響きなんですか? でも、バイクは好きですよね? |
モトクロス斉藤 | バイクは好きですよ。だけど、名乗り始めた時期は、バイクを自分流にカスタマイズする“チョッパー”の方に興味があって。モトクロスには、そんなに関心がなかったかな。 |
坂口 | じゃあ“モトクロス”には、特に意味はないんですか? |
---|---|
モトクロス斉藤 | マジで響きだけっす。“斉藤”にしても、実は本名じゃなくて。“モトクロス”という名前に合うという理由だけで、意味もなく“斉藤”にしました。なにも考えてなく、ただ流れだけでそうなった感じで。 |
坂口 | 響きだけで付けた名前だとしても、カッコいいアーティスト名ですよね。後付けで理由を付けることもなかったんですか? |
モトクロス斉藤 | 後付けするにしてもダサすぎるでしょ。だって、由来がゼロなんですもん。自分はドット絵の作品には、とことんまでこだわるけど、実はその他のものに関しては結構、雑だったりするところが多いんですよ。 |
坂口 | でも、他のアーティストと被ることはないですよね。 |
モトクロス斉藤 | アーティストと被ることはないです。ただ面白いことに、モトクロス選手と被ったことがあったんです。 |
坂口 | モトクロスの選手とですか? |
モトクロス斉藤 | 中学生時代の友達に、モトクロスをやっている友人がいて。ある日、その友達が日本A級ライダーの方に「モトクロス斉藤って人知らない?」って聞かれて。「それ俺の中学校の友達っすよ!」って答えたら、聞いた人が”本家”のモトクロスの斉藤さんだったらしいんですよ。 |
坂口 | 本当に偶然ですね。 |
モトクロス斉藤 | それから友達に、「お前、モトクロス斉藤っていう名前で困惑させてるから、挨拶に来いよ!」と言われ。「俺がモトクロス斉藤です」って頭を下げに行ったら、「君か! イケてるね! モトクロスやってるの?」って。「やってないです」って答えたら、「やってないの!?」と驚かれました。名前のおかげで、そんな面白い出会いもありましたよ。 |
坂口 | モトクロス斉藤さんならではのエピソードですね。 |
豊井祐太のフォロワーとして
坂口 | ピクセルアートに興味を持ったきっかけはなんだったんですか? |
---|---|
モトクロス斉藤 | ピクセルアーティストの豊井祐太さん(※4)の作品を見た時です。俺がまだ大学生だった頃に、ITエンジニアやクリエイターのシェアハウスを作る「ギークハウス」というプロジェクトが始まって。 |
※1)風景を題材にしたドット絵を多く制作するピクセルアーティスト。著書に『水と手と目 豊井祐太(1041uuu)ピクセルアート作品集』がある。 | |
坂口 | ありましたね! |
モトクロス斉藤 | その入居者にたしか豊井さんがいたんです。それでギークハウスに興味を持ったことから、豊井さんの作品をインターネットで見つけて。 |
坂口 | その時に見つけた豊井さんの作品は、どのようなものだったんですか? |
モトクロス斉藤 | 今でもある有名チェーンの牛丼屋をモチーフにした作品でした。夜中の牛丼屋にお客さんが佇んでいるシーンを描いたもので。 |
坂口 | お客さんがベターってカウンターに伏せている作品ですよね。 |
モトクロス斉藤 | それまで、ドット絵は単にゲームの世界で使われているものだと思っていたんです。自分たちの世代ってゲームには恵まれていて、兄貴の世代が「ファミコン」や「スーファミ」を遊んでいたので、そのお下がりとして“レトロゲーム”に触れられた。また、自分たちも「ゲームボーイアドバンス」や「ニンテンドーDS」をプレイしていた。 |
---|---|
まさに8bitから16bitまでゲームに親しんできた世代。でも、俺は途中からゲームを卒業したタイプの人間なので、ドット絵にはそんな興味がなかったんです。勝手に“ドット絵”って、剣とか杖とかのアイテムオブジェクトや、可愛らしいキャラクターを描くものだと思っていて。その固定概念が、豊井さんの作品を見た時に覆されたんです。 | |
坂口 | 豊井さんの作品は、ありのままの日常を切り取った風景画ですもんね。 |
モトクロス斉藤 | 豊井さんの作品には、嘘がなかったんです。誇張されていない世界観っていうか。俺が好きだった夜中の牛丼屋の風景が、そのまま描かれていました。今みたいに綺麗に内装された店内じゃなくて、疲れたおっさんがうなだれている様子がちゃんと再現されていて。ドット絵ってこんな表現をしてもいいんだ!って感動しました。 |
坂口 | それからピクセルアートを制作するようになったんですか? |
モトクロス斉藤 | いや、豊井さんの作品には感動したんですが、それから1年くらい放置していたんです。ドット絵ってすごいね、でも俺は普通の絵でいいやって。当時は、広告のデザイナーを目指していたこともあって、グラフィティーみたいな作品ばかりを制作していました。 |
坂口 | そこからなぜドット絵の制作を始めたんですか? |
---|---|
モトクロス斉藤 | 大学を卒業してから、デザイナーとして企業に入社して、その年の8月にバイクで交通事故にあったんです。足を骨折して動くことができず、病院の売店にも行けなかったので超暇で。ベッドに固定された状態でもノートPCで描けるものを考えた時に、ドット絵なら描けるんじゃないかと思いつきました。 |
坂口 | ドット絵を始めたきっかけは、本当に偶然だったんですね。 |
モトクロス斉藤 | それからは、豊井さんの作風を追っていって今の感じです。よく「独自の世界観を持ってますね」って言われるんですけど、俺はしょせん豊井さんのフォロワーなので。豊井さんの作品からは逃れられないし、「これが俺のオリジナルの作風なんだぜ」って言えない。他人が作ったジャンルのなかで遊んでいるだけです。 |
人から嫌われる“雨”のカッコよさ
坂口 | 2020年にシブヤピクセルアートに応募された作品をはじめ、モトクロス斉藤さんの作品は、雨のシーンを描いたものが多い気がするのですが、“雨”にはどんなイメージを持っていますか? |
---|---|
モトクロス斉藤 | 雨の日ってベタベタするし、履いている靴が濡れてしまうので、毛嫌いされることが多いと思うんです。だからこそ、あえて雨の日の良さを表現してみたい。見た目が派手で綺麗なものって、すでに誰かが作品にしている。でも、それだとみんな同じような作品になってしまうんです。 |
俺は天邪鬼な性格なので、「こっちの方がカッコいいんだぜ」と、他の人と違うものにフォーカスを当てたい。当たり前の“カッコよさ”を追求していくのではなく、普遍的な“カッコよさ”を提案したくて。いつしか雨のシーンの作品が増えてきました。 |
坂口 | 今では“雨”って嫌がられる存在になっていますが、日本では昔から「恵みの雨」とかポジティブなイメージがあった。でも、いつしか“雨”にネガティブな印象が与えられてしまった気がします。 |
---|---|
モトクロス斉藤 | 農業従事者の人口が減ったというのもあるんでしょう。詳しくは知りませんが。 |
坂口 | みんなが嫌がるネガティブなものを肯定しようとする。それもモトクロス斉藤さん独自の視点のひとつですね。実際に雨のシーンを描いてみると、人や地面に反射する光の表現など、技術的な難しさも増えてくる。しかし、茨の道とも言える“雨”を描こうとする、モトクロス斉藤さんのアーティストとしての強さが、如実に現れているように思います。 |
モトクロス斉藤 | 雨のシーンが多い理由は、実はもうひとつあるんです。学生時代に名古屋に住んでいたんですけど、名古屋って雨がすごく似合うんですよ。以前、友達に「名古屋は曇りが似合う。モヤモヤとした空気感が名古屋らしい」と言われたことがあって。それから、雨が似合う街の風景に面白みを感じて、自然と雨の街中をドット絵で描くようになりました。 |
坂口 | 自分が見た街並みの風景に、頭のなかで雨を降らせているんですか? |
---|---|
モトクロス斉藤 | いつも記録用にカメラを持ち歩いていて、気に入った風景を“付箋”のように写真に残しているんです。だけど、実際には雨が降っていないこともあって、雨が降った場合を想像しながらドット絵に描き込んでいます。 |
坂口 | 撮った写真は、あくまで作品を描くイメージということですね。 |
モトクロス斉藤 | 1枚の写真として成り立つくらいこだわって撮っているんですが、写真をそのままドット絵にしたことはないです。「この風景ってこういう意味合いがあったよな」とか「こういうメッセージが込められたらいいな」と、その時の記憶や感情に結びつけながらひとつの空間を作ってしています。 |
坂口 | 空間全体にストーリーがあるということですか? |
モトクロス斉藤 | そうです。例えば、コップに入った飲み物を描くとして、飲み物だけを描こうとする人もいますが、俺の場合は飲み物が置いてあるテーブルとか、周りにあるものも含めた“空気感”みたいなものを作品にしたい。 |
飲み物をカッコいいと思って描いても、それだけを描いたらカッコよくないことがあって。逆に飲み物がある場所だったり、飲み物を売っているお店のロゴだったりを入れると、作品全体にストーリーが生まれてくる。作品を見て「雨で寒いから温かい飲み物にしたのかな」とか、「あのブランドのコーヒーだ!」と感じられると、面白みがでてくるしリアリティも増しますよね。 |
- モトクロス斉藤
- Interviewer: 坂口元邦 the PIXEL代表。SHIBUYA PIXEL ART実行委員会発起人。18歳で渡米し、大学では美術・建築を専攻する傍ら、空間アーティストとして活動。帰国後は、広告業界で企業のマーケティングおよびプロモーション活動を支援。ゲーム文化から発展した「ピクセルアート」に魅了され、2017年に「SHIBUYA PIXEL ART」を渋谷で立ち上げた。現在は、ピクセルアーティストの発掘・育成・支援をライフワークにしながら、「現代の浮世絵」としてのピクセルアートの保管や研究を行う「ピクセルアートミュージアム」を渋谷に構想している。