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#渋谷員子 #Muscat
2024.06.07
スクウェア・エニックス 渋谷員子×ピクセルアーティスト Muscat ドット絵対談 Part3
2022年9月に行われたピクセルアーティストMuscat氏と、『ドット絵の匠』こと渋谷員子氏の対談の一部を特別公開!
第3回では、世界的な名作「ファイナルファンタジー」シリーズが誕生するまでの経緯や、渋谷氏が考えるドット絵の美学、そして絵描きとしての仕事の“あり方”に迫った。(文=坂本遼󠄁佑|Ryosuke Sakamoto)
「ファイナルファンタジー」シリーズ誕生秘話
Muscat | 「ファイナルファンタジー」シリーズは、どのような経緯で誕生したんですか? |
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渋谷員子 | 当時、スクウェアからファミコン用のゲームソフトがいくつか出ていたんですが、売れ行きがあまり良くなく。営業担当が街のおもちゃ屋さんに行って、がんばって売り込みをしてくれていました。 |
そんな時に、ゲームソフト『ドラゴンクエスト』が発売されて。『Ultima』(※1)などの海外ゲームソフトをプレイしていた坂口さんが、「ファミコンでも同じようなRPGゲームを作れるんだ! 俺たちも作ろう!」となりました。 | |
※1)アメリカのオリジン・システムズ社から発売されたコンピュータゲーム。 | |
Muscat | 『ドラゴンクエスト』の発売は、その頃だったんですね。 |
渋谷員子 | そして、私が入社した1年後くらいから、『ファイナルファンタジーⅠ』の開発がスタートしました。しかし、当時は5人くらいデザイナーがいたんですが、みんな他のゲームソフトに取り組んでいたのでメンバーが集まらなくて。 |
そんな訳で「私がやりましょうかー?」と軽い気持ちでチームに入りました。初期のメンバーは、3人くらいだったかな。それが「ファイナルファンタジー」の始まりです。 |
Muscat | 実際に「ファイナルファンタジー」のドットの制作を担当されてどうでしたか? |
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渋谷員子 | 自分の頭の中には、さまざまなイメージが膨らんでいるのに、ドット絵だとサイズや色数が限られていて、常にもどかしい気持ちがありました。でも、それはゲーム機のハードの問題なので、どこかで折り合いをつけるしかなく。限られた表現のなかで、いろいろと工夫する術を身につけていったんです。 |
例えば、『ファイナルファンタジーⅠ』のキャラクターは、上下や左右で進む方向を変えると、体の向きも合わせて変化するようになっている。実は、あれは『ドラゴンクエスト』へのささやかな“抵抗”だったんです(笑) | |
Muscat | “抵抗”ですか? |
渋谷員子 | 初期の「ドラゴンクエスト」シリーズでは、プレイヤーがキャラクターを動かして、正面を向いたまま上下左右に移動する。それなら、私はキャラクターが方向転換する時に、ドット絵が左右で反転したり、上下の向きで絵柄が変化したりと、キャラクターの動きを表現してみようと思いました。 |
あとは、「ドラゴンクエスト」の第1作では、街に入っても武器屋や宿屋などの建物は塀で囲われていて、屋根が無いから建物の中がまるまる見えている。そこで、私は建物に屋根をつけて、“一軒家”スタイルにしたんです。 |
ドット絵としての“美”の基準
Muscat | 実際にゲームソフトを制作してみると、大変な作業が多いと思うのですが、やっていて苦ではなかったですか? |
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渋谷員子 | やはり仕事としてやるからには、自分が気持ちいい絵を描きたい。もちろん、建物に屋根を描き加えると、今度は屋根の上にまたなにかを描きたくなる。しかし、そうすると容量を超えてしまうから、どこかを切り捨てなくてはならない。そうやって葛藤しながら全体のドット絵を構成していくうちに、いつしかそれが快感になってくるんです(笑) |
ドット絵って、その微妙な匙加減を判断するのが難しいですよね。私の場合は、ゲーム機の容量の問題でかなり制限があったので、ドット絵としての“美”があるかを基準にしていました。 | |
Muscat | ドット絵としての“美”とはなんですか? |
渋谷員子 | 余分な要素を削ぎ落とした“美しさ”とでも言いましょうか。 |
Muscat | それは、コンテストで審査員をする時も、評価の基準になっているんですか? |
渋谷員子 | 審査員をする時も、シンプルで見せ方が上手いなと思う作品を評価するようにしています。他の審査員の方々には、それぞれドット絵のルーツがあり、みなさん評価の基準が違う。私はゲーム開発者という目線で、限られた色数やドットのなかで表現に挑戦しているかを見るようにしています。 |
Muscat | 他にもゲーム開発者の視点で評価している点はありますか? |
渋谷員子 | 私としては幅広い層に響くような、気持ちの良い絵が好きなので、日本のみならず海外からも親しまれそうな作品が好きです。 |
Muscat | 「ファイナルファンタジー」シリーズも、今では日本だけでなく海外のプレイヤーにも親しまれていますよね。 |
渋谷員子 | そうなんです。なので、自分のパソコン画面の向こうには、世界中の何億人のプレイヤーがいると思って日々仕事をしています。世界中のファンの方に私の情熱が届くように。 |
Muscat | では、最終の調整も入念にするんですか? |
渋谷員子 | ファミコンのソフトを制作していた頃は、開発末期になると自らデバッグもしていました。基本的に自分が描いたものをチェックするのですが、テスターから送られてくるデバッグシートを読んでみると、「ここがチカチカしています」とか「文字が繋がっています」って指摘がいくつも来るんです。 |
Muscat | 文字が繋がっている? |
渋谷員子 | ファミコン時代の文字フォントって、文字を8×8のドットで表現していたんです。でも、縦横の8ドットをすべて使ってしまうと、入力した時に上下にある他の文字を繋がってしまう。なので、上と左端の1ラインを空けた7×7や、左端だけを空けた8×7などのドットで文字を作っていました。 |
ある時、テスターの方から「名前をすべて『@』にすると、一本に繋がって見えます」と指摘がきていたんです。でも、名前が「@@@@@@@」って。そんな名前にする人はいるのかなって(笑)そのバグは、確かそのまました記憶があります。 | |
Muscat | すべてのバグを修正するのは大変ですもんね。 |
渋谷員子 | 当時は締め切りが近いと、どこかで見切りを付けないといけなくて。進行上の都合でそのままにしたものもありました。締め切り直前になって小さなバグを修正したことが、他の場所でバグが発生する原因になることもありますからね。 |
100%以上で応えるのが絵描きの仕事
Muscat | ゲーム開発は、チームワークの作業でもありますよね。 |
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渋谷員子 | 当時は、本当に才能溢れるメンバーが揃っていて。ものすごく集中して仕事していましたから、家族よりも過ごしていた時間が長くて、同僚というより“戦友”といった感覚でした。今やるべきことをしっかりやり、メンバーと笑ったり喧嘩したりしながら、完成の喜びを分かち合いたい。そうやって仕事をしてきたからこそ、今の自分があると思っています。 |
今でもドットの仕事を依頼されることがあるのですが、私を選んでくれたことで100%の出来栄えを期待してくれているのであれば、それ以上の出来栄えで応えたい。その繰り返しが、後々の評価につながっていくと思います。 | |
Muscat | 身に染みますね。自分はまだ駆け出しなのですが、たまに仕事をいただくことがあり、依頼された仕事にはちゃんと応えていきたいです。 |
渋谷員子 | やはり最終的には“喜んでもらいたい”が大きいんですよね。だから、絵描きとして「思っていた以上に素晴らしいです!」って、笑顔で言ってもらえるとすごく嬉しいです。 |
Muscatさんの作品で例えるなら、楽曲に合わせて制作したドット絵を見て、ミュージシャンが新たなインスピレーションを得たり、プロデューサーが「すごくいい作品に仕上がったから、より多くのメディアに露出させよう」と思ったり。企画に携わる人々のポジティブなインスピレーションの連鎖に繋がる、クリエイティブな作品になったら最高に幸せですよね。 | |
Muscat | 渋谷さんのようなベテランの方でも、そういう風に考えているんですね。私には本当に有り難い話です。 |
渋谷員子 | 自分のなかのベストを尽くす。そして、みんなが幸せになれることを考える。作品を制作するうえで、一番大切なことではないでしょうか。 |
Muscat | アーティストとしては、それが一番気持ちいいですよね。 |
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