the PIXEL MAGAZINE

ARTICLES ARTIST 2024.04.22

ななみ雪 特別インタビュー Part3 記憶に残したい空気感を“写す”ピクセルスナップ

自身初となる作品集の発売やふたつの個展の同時開催など、今大きな注目を集めているピクセルアーティストのななみ雪氏に独占インタビュー。全3回に分けて、スナップ写真のような女の子のイラストの誕生秘話や、ピクセルアートのコミュニティに対する想いなどを紹介する。

第2回にわたりななみ雪氏の作品や展示会に込めた想いを紹介してきた本連載。最終回である第3回では、ななみ雪氏が生み出した“ピクセルスナップ”という作風の特徴や、ドット絵における光と影の使い方、これまで影響を受けたアーティストなどについて語り合った。(文=坂本遼佑|Ryosuke Sakamoto)

残したい記憶を作品にするピクセルスナップ

坂口 ななみ雪さんの作品は、どこか“スナップ写真”のような、日常のなかで撮影した写真のイメージがあります。これは「ピクセルスナップ」と呼んでいいのでしょうか?
ななみ雪 はい。他の言い方も考えてはみたのですが、やはり「ピクセルスナップ」という表現が、自分の中でも一番しっくりきています。
坂口 実際にカメラでスナップ写真を撮影することもあるんですか?
ななみ雪 カメラを趣味にするのもいいなと思った時期もあったのですが、本格的なカメラ撮影には手を出したことがなくて。でも、スマートフォンでいいなと感じた物や風景は、写真や動画で残すようにしています。
普段ただ道を歩いているだけでも、この空気感を作品にしたいという衝動に駆られることがあって。そういう時は、その情景を写真に残して自らの作品に落とし込んでいます。実際のものより暗めの印象にしたり、色彩を好みで調整したりしながら、自分が見た風景を少しずつ独自のスタイルに変化させて。

ななみ雪 特別インタビュー Part3 記憶に残したい空気感を“写す”ピクセルスナップ『無題』(2024)

坂口 ななみ雪さんのドット絵を見ていると、あたかも自分がその場面にいるような感覚を覚える。それは、ななみ雪さんが実際に体験した空気感を、実際に撮った写真をもとに再現しているからなんですね。
ななみ雪 今回、ツクル・ワークさんで開催した個展も“Recollections”、つまり“思い出”がテーマになっていて。私が記憶に残しておきたい、また思い起こしたいと感じる情景をベースにしているんです。なので、展示さている作品を見ていて、どこか“懐かしい”という感覚を持っていただけると嬉しいです。
坂口 写真をもとにドット絵を描くことで、なにか作品のテイストに変化が生まれるんですか?
ななみ雪 直接関係しているかはわからないのですが、私のイラストは逆光のものが多いんです。逆光にすると作品全体が暗くなるので、曇り空から差し込むわずかな光がより強調される。そういった光の演出は、写真の作品にもよく使われていますよね。
坂口 確かに、女の子の表情が逆光で暗くなっていて、普通の写真なら少しスポットライトの光が足りない印象になりますが、ドット絵だと自然となじんで見えますね。逆に、背景の夕日やパソコンの光が目立って、作品の中にコントラストがはっきりと出ている。
例えば、傘をさす女の子のイラストでは、背景の雲とビルの間から差し込む夕日の明るさと、それをさえぎる傘の内側の薄暗さを、光と影を使い分けることで見事に表現されている。傘や女の子の輪郭にうっすら現れる光のラインなど、ななみ雪さんの技法があってこその世界観だと思います。

ななみ雪 特別インタビュー Part3 記憶に残したい空気感を“写す”ピクセルスナップ『無題』(2023)

ななみ雪 ありきたりな表現ですが、光と影って対の関係になっていて、影を濃くするほど光の存在が際立ってくる。例えば、顔のアウトラインを逆境にすると、明るい部分の血色がうっすら透けて見えるような質感になって、自然とキャラクターの生命感が浮き彫りになってくるんです。
坂口 逆光にすることで、そんな効果も得られるんですね。キャラクターを描くドッターの方々には、非常に勉強になる話だと思います。

影響を受けたアーティスト、豊井祐太

坂口 これまで強く影響を受けたアーティストの方はいるんですか?
ななみ雪 ピクセルアートに興味を持った時期に、ピクセルアーティストの豊井祐太さん(※1)の作品を見て、本当に感動したのを覚えています。あたかも私の真意を汲み取っているような、見る人を絵の中にいる感覚にさせる空間演出に深い感銘を受けました。
※1)風景を題材にしたドット絵を多く制作するピクセルアーティスト。著書に『水と手と目 豊井祐太(1041uuu)ピクセルアート作品集』がある。
坂口 自分も初めてピクセルアートで泣いたのは、豊井さんが描いたドット絵の作品でした。豊井さんのドット絵は、“光の演出”なども見事ですよね。
ななみ雪 光って当たり前に存在しているのですが、時としてすごく心に響くことがある。そんな瞬間を切り取っているのが、豊井さんの作品の素晴らしさだと思います。初めて見た時に、こんなに胸がぎゅっとすることがあるんだと驚きました。
坂口 その感動は、今のななみ雪さんの作品にも繋がっている気がします。他にも影響を受けたアーティストの方はいるんですか?
ななみ雪 ピクセルアート以外だと、ゴッホやモネなどの印象派の画家たちが好きです。光と影の演出は、ルノアールの技法を真似していて、いつか彼らのような絵を描けたらなと思っています。

ななみ雪 特別インタビュー Part3 記憶に残したい空気感を“写す”ピクセルスナップ『無題』(2022)

ななみ雪がこれからやりたいこと

坂口 今年3月には、初の作品集『ななみ雪ピクセルアート作品集 PIXEL GIRL SNAPS』を刊行されていますが、こちらはどのような本になっているんですか?
ななみ雪 タイトルの通り、ピクセルスナップを前面に出した作品集になっています。ピクセルアートを描き始めた頃のものなど、100点以上のイラストを掲載していて、カバーイラストのメイキング資料なども収録。
また、ドット絵に興味を持った人のとっかかりになればと思い、簡単なピクセルアート講座も載せていて、ピクセルアートになじみのない人でも、ドット絵の世界に一歩踏み込める内容になっています。
坂口 つまり、ドット絵の描き方の解説本にもなっているんですね。
ななみ雪 個展に来ていただいた方に意見を聞いてみると、私の作品を見てピクセルアートに興味を持ったという方もいらっしゃって。そういった方のお役に立ちたく、さまざまな技法などを紹介しています。
坂口 作品集の最後に「もしこの本がきっかけでピクセルアートに興味を持った方がいたなら、ぜひ作品作りに挑戦してみてください」という言葉で締めくくられているのも、そういった経緯があったんですね。
ななみ雪 今では海外の方からも反響をいただいているので、今後は海外も視野に展開していきたいです。特に、中国人の方からコメントをいただくことが多くて、中国での個展の開催やグッズの販売などもしてみたいですね。

ななみ雪 特別インタビュー Part3 記憶に残したい空気感を“写す”ピクセルスナップ『無題』(2024)

ななみ雪にとってピクセルとは

坂口 最後に、ななみ雪さんにとって“ピクセル”とはなんですか?
ななみ雪 私にとってピクセルとは“楽しさ”です。ピクセルアートを通じて、いろんな人とコミュニケーションが取れるし、さまざまなことをインプットできる。それがドット絵の楽しさであり、私自身の喜びでもあります。
例えば、私が豊井祐太さんの作品から影響を受けたように、私の作品を見て誰かが影響を受けてくれるかもしれない。アーティスト同士の触れ合いや、これから作品を生み出していく方との出会いなど、人との繋がりを生み出すことが最大の魅力ですね。ピクセルアートには、不思議な引力があるので。